“水上のF1”と呼ばれるパラカヌーは
究極のバランススポーツだ⁉
パラカヌーは段差も坂道もない水の上で行なわれるスポーツ。車椅子を離れカヌーに乗って水上へと漕ぎ出せば“パドルひとつで何処にでも行ける”究極のバリアフリーを感じられる。2021年の東京2020パラリンピック競技大会で、水上を滑るように疾走するスプリントレースに熱くなった人も多いはず。そんなパラカヌーを安全・手軽に体験できる障害のある方に向けた体験会「室内プールdeパラカヌートライアル」に参加してきました。
パラカヌー初心者の車椅子ユーザーが
パラカヌー体験会をレポート!
どうも車椅子ユーザー歴22年になるアカザーです!パラアーチェリーにハマっているオレですがパラスポーツ繋がりで、1月22日に東京都多摩障害者スポーツセンターで開催されたパラカヌー体験会「室内プールdeパラカヌートライアル」に参加してきました。
パラカヌーといえば、東京2020大会での瀬立モニカ選手(女子KL1)などの活躍が記憶に新しい“水上のF1”とも称される競技。リオ2016大会からパラリンピック競技に正式採用された、比較的新しいパラリンピック競技でもあります。
その競技内容は至ってシンプル!水上に作られた200mの直線レーンをカヌーに乗ってパドルを漕ぎ、最初にゴールラインを通過した者が勝ち!という単純明快なスプリント競技です。
現在パラリンピック種目となっているパラカヌーは2カテゴリー。ひとつはカヤックという艇を、両側にブレード(水かき)がついたパドルで漕ぐカテゴリー。もうひとつは東京大会からの新種目、ヴァーという片側に浮きのついた艇を、片側にブレードがついたパドルで漕ぐカテゴリーです。
どちらの種目も障害の程度に合わせて3クラスに分けられており、L1クラスが体幹機能が無く胴体が動かせず肩と腕だけで漕ぐクラス。L2クラスが胴体と腕を使って漕ぐことが出来るクラス。L3クラスは下肢切断などで上半身と腰でカヌーを操作できるクラスです。オレの障害は脊髄損傷Th12L1の下肢マヒで体幹は少しあるので、クラス分け的にはL2クラス相当になります。
そんな簡単な知識だけを仕入れてやって来たのは国立市にある「東京都多摩障害者スポーツセンター」。今日はここの室内プールを使ってのカヌー体験会です。この日の体験会は、東京都障害者スポーツ協会の主催で、日本障害者カヌー協会の手厚いサポートもあるとのことで、オレのような超初心者でも安心な体験会とのこと。
下肢マヒの車いすユーザーが
初心者用カヌーに挑戦!
今回は約2時間の体験会。参加者は経験者が3名で、全くの初心者はオレを含む4名。
開会の挨拶のあと、さっそく各自ライフジャケットを着用し、まずは落水時のレクチャーから。万が一カヌーが転倒しプールに落水したときは、上を向き胸の前で両腕を組めば、そのまま海まで流れて行けるほどの安定感でずっと浮いていられるとのこと。
経験者はいきなり入門用カヌーに乗るようですが、初体験のチームはパドルの持ち方の講習からです。ちなみにこの体験会で使用するカヌーの種類はカヤック。なので、バドルは両側にブレードがついたカヤック用パドルを使います。パドルの正しい持ち方は、両手で頭の上に持ち上げたときに肘が90度になる幅をキープしつつ、グリップは軽く握る感じで保持するというもの。パドルは見た目に反してとても軽いんです!
ふとプールに目をやると、経験者組はすでに入門用カヤックに乗って水上へ。しかもみなさんスイスイと漕いでいる!
そんなオレの熱視線を感じてくれたのか、我々初心者チームもいよいよ入門用カヤックに乗船です。使用する艇は全長290cm・全幅71cm・重量17kgの近海での釣りにも使われる、比較的安定感が高いカヤックとのこと。
プールサイドに置いたカヤックをサポートスタッフさんに保持してもらい、車椅子からカヤックのシートに乗り移ります。142cm×60cmのコックピット後端に設置されたシートにお尻を置いて、前方に足を投げ出すように座ります。これが正しい操船スタイル。健常者の場合は足をフットレストに置き、少しガニ股気味に太腿の外側でコックピット内側からカヤックをホールドするようです。
しかし、下肢があまり動かせないオレは、太腿の中央や左右にサポートクッションを入れてカヤックとの一体感を高めます。これでパドルを持てば準備完了!サポートスタッフさん数人がかりでカヤックごと水面へと運んでもらいます。
「おおっ!やはりプールサイドで座っていた時とはぜんぜん違う!」あたりまえですが左右に揺れてます(笑)。パドルを水面に挿して漕ぎ出すと・・・カヤック軽っ!健常者の頃に漕いだ公園のボートを想像していたんですが、アレの1/10くらいの力で同じように進む感じ。
ボート自体が軽いのと、水中に入っているボートの面積が少ないので水の抵抗を受けづらいからだと思います。事前に教えてもらった漕ぎ方どおり、バドルを軽くホールドしつつ交互に水をかいて漕ぎ進みます。最初の数回でスピードがついた後は同じ力で漕いでもどんどんスピードが上がります!
体幹リハビリにも効果アリ!?
陸では感じなかった体のブレが水上では顕著に
あっという間に25mプールの端まできちゃったのでターンをせねば。カヤックを右にターンさせる場合は、左のパドルのみを漕ぐ感じ。左ターンはその逆。しかしこの操作だとカーブが大きな感じでしかターンができません。
少し操船に慣れて来たオレはより鋭角なターンを求め、スタッフさんから新しく教えてもらったテクニックを試してみます。それは少しスピードをつけてコーナーに侵入し、曲がりたい方向のパドルを水面に挿して、そこを軸として曲がるという方法。
そうするとかなり短い距離でターンができました!プールのような狭い場所だとこの鋭角ターンがかなり有効な気がします。そして調子に乗ったオレはさらに鋭いターンがしたくなり、さっきよりもスピードを上げてコーナーに侵入。パドルを勢いよく水面に挿した瞬間⁉
カヤックが大きくバランスを崩し水面が顔の横に!不安定な水面という事を忘れていました!カヤックはスピードを出せば出すほど安定するのですが、静止状態になればなるほど不安定になる乗り物なのです。
さらにこれは水面に出た直後に既に感じていたコトなのですが、カヤックが何故か右に傾いている!その原因はオレの体幹にありました。オレは脊髄損傷Th12-L1なのである程度体幹は効くのですが、左右の体幹にバラつきがあります。右の体幹が強く左が弱い。そのせいでパドリングなども右が強くなる傾向があり、結果カヤックが右に傾きがちになります。
沈没しかけたあと、このカヤックの傾きに気付いたサポートスタッフさんが、まっすぐに漕げるようにサポートクッションの位置を変更してくれました。
これが効果てきめん。特に背中に入れたサポートクッションのおかげでカヤックとの一体感が高まり、パドルで水面を漕いだ力がロスなく前進エネルギーになっていくのを感じます!さらに「パドルは引くよりも押すように使います」とのアドバイスどおり、水中側のパドルを引くのではなく、水上側パドルを押すように使うと、さっきの半分くらいの力で同じくらいの距離を進む!まさに水面を滑るかのように!
うわ~!カヤックめっちゃ気持ちいい!
25mプールがあっという間です。あ~!ここからがさらに気持ちイイ感じなのにな~、もっと広い場所で漕げるとめっちゃ気持ちイイんだろうな~。
体験会のサポートをしてくれた、日本障害者カヌー協会育成選手の朝日省一選手曰く「カヌーは実際に湖とかに出て練習することが多いのですが、四季折々の風景や自然を感じられるのもその魅力のひとつなんですよ」と話してくれました。
たしかに初夏の風に吹かれながら、湖上を滑るようにカヤックを漕ぐ自分をイメージしただけでも、それが最高の時間だというのがわかり過ぎるなぁ。脳内でそんなイメージに浸っていると、朝日選手から「せっかくなんで、競技艇にも乗ってみませんか?」とのお誘いが!
あの競技用カヤックにオレ乗れちゃうの!?こんなド初心者が乗ってもいいんですか?
「いきなり波風のある湖なんかで乗るよりも、今日は水面が静かなプールで、しかもサポートスタッフも大勢いるので、競技艇体験には絶好の機会ですよ」と朝日選手。その言葉に背中をおされ、勢いでカヤック体験初日にして競技艇にまでチャレンジさせてもらえることに!
使用する競技艇の全長は5.2m!さきほどまで乗っていた入門用カヤックとはまったく異なる、細長く水の抵抗を極限まで抑えたようなシャープな姿をした艇がそこにありました。
水面に浮かんだ競技艇を3名のサポートスタッフさんに支えてもらいつつ、プールサイドから移乗。まずは両足を滑りこませ、腕でカヤックのサイドを保持し腰を浮かせてシートまで運んだまでは良かったのですが、このシートがめっちゃ小さい!上から押し込んでギリギリお尻が入りました。
「座るのってホントにこの位置であってます?なんかシートの位置がめっちゃ高い気がするんですけど!」まるで水面に座っているというか、水面に風呂用の低い椅子を置いてその上に座っている感じ!つまり、“バランスを取るのが最高に難しい!”。しかもカヤックが水面下に入っている深さは5センチも無いのでは?
「いやいやいや、東京大会で見ていたのと全然違うんですけど!こんな不安定な艇であんなスピードで漕ぐのムリ!」先ほど乗らせてもらった入門用カヤックとはまったく別の乗り物でした。
そんなビビりまくりのオレの心情を知る由もないサポートスタッフさんたちは、手慣れた動作でプールサイドからカヤックを離していきます。
水面で生まれたての小鹿のように小刻みに震えるオレの艇。
「サポートスタッフの皆さん絶対に手を離さないでくださいね!」
「手を離されたら一瞬で回転して、水中に落ちて終わる未来しか見えない!」
と、心境を吐露すると、サポートスタッフさんからは「傾いたほうの水面をパドルで叩いてバランスをとってみて下さい。最初は交互にテンポよく叩くといいですよ」とのアドバイス。考える余地なくさっそく実践してみます。
なるほど!艇が傾く前にパドルで左右の水面を交互に叩くと、中心近くで安定する感じです。でも大きく姿勢を崩したら手遅れになる予感。なので、姿勢を崩す前に叩く!
そんな感じで水面を叩き姿勢を安定させたまま、パドルに少し角度をつけて前に進んでみます。もちろんサポートスタッフさん3人ががりでのフルサポートは継続です。
東京大会で観た選手たちとはまったく違う、ヤジロベエのような不格好な姿でバランスを取りながら、なんとか転覆せずにプールの逆サイドに到着。サポートスタッフさんたちにスタート位置まで艇を戻してもらいます。
「じゃあ次はもう少しだけパドルを水中に入れて漕いでみましょうか?」とサポートスタッフさん。そして艇の保持サポートもテール側の1名だけに減らし、いざパドリング開始!最初は注意深く、浅めにひと漕ぎ、ふた漕ぎ、み漕ぎ・・・。
ブクブクブク~。・・・あ~、久しぶりのプール、気持ちイイ~!
予想どおり3漕ぎ足らずで転覆しました!落水後はレクチャーどおりに上を向いて、両腕を胸の前でクロスしライフジャケットの浮力に身を任せます。あとはサポートスタッフさんにプールサイドまで引かれていき、競技艇初体験は終了!
体験後にまったく見方がかわった
パラカヌーというスポーツ
テレビで観た時には、パラカヌーはひと漕ぎでいかに力強く前に進めるか?そんなパワー勝負の競技だと思っていたんですが、その前にバランス感覚がかなり要求される競技でした。
最高速度約18キロで水面を疾走するそのスピード感に目を奪われがちなパラカヌーですが、実際に体験してみると選手たちが超人的なバランス感覚を持って競技をしていることに驚きました。やはり見るのと体験するのとでは大違いです!今回はプールでの体験会でしたが、湖など自然のなかでのパラカヌーにも競技と違った楽しさがあることを予感させる、そんな期待感満載の体験会でした。
オレと同様に体験会に参加された方々にもいろいろな感動や驚きがあったのでは?と思い、体験会終了後に参加者の皆さんにも感想を伺ってみました。
【参加者の声】
榊原さん
「昨年の夏から朝日選手に誘われて霞ヶ浦でカヤックを始めたんですが、競技艇は今日がはじめての体験でした。バランスが難しいのでまだ漕ぎきる自信が無いですね。でもいずれは競技艇で競技したいです」
藤畑さん
「はじめてだったんですが、上手くできたので楽しかったです。競技艇はバランスが取りづらかったのですが、何回か練習すれば大丈夫だと思います。小学生時代はみんなとサッカーをやってきたんですが、たまにはひとりで頑張るのも楽しいなと思いました。」
根岸さん
「けっこう腕の力を使うので腕が疲れました。競技艇はバランスを崩しそうで怖かったのですが、軽く漕げる感じがして楽しかったです。なので、また競技艇の練習をしてみたいです」
【競技団体からのメッセージ】
以前、『体験会をきっかけに行動範囲が広がり、いろいろなことにチャレンジが出来るようになりました』とおっしゃった車椅子ユーザーさんがいて、非常に嬉しかったのを憶えています。パラカヌーをやったことが無いという方には是非いちど体験していただきたいです。体に障害のある方でも『こうすれば出来るんだ!』と、いろいろな事に気付いていただけると思います。また障害のある人のチャレンジをサポートしてみたいという方の参加も大歓迎です!
(一社)日本障害者カヌー協会 上岡央子さん
令和5年からは多摩障害者スポーツセンターの体験プログラムの一環として、このパラカヌー体験会が数回実施される予定です。体験会後に湖上に出て季節の風を感じるもよし、パラリンピックを目指すもよし。そんな未来のはじめの一歩として体験会に参加し、水上のバリアフリーを肌で感じてみてはいかがでしょうか?きっと今よりも世界は広がるはず!
プロフィール
アカザー(赤澤賢一郎)
週刊アスキーの編集者を経て、現在は車いすのフリー編集者・ライター。2000年にスノーボード中の事故で脊髄を損傷(Th12-L1)、車椅子ユーザー歴は22年。2021年よりパラアーチェリーにハマり、2022年千葉県障害者スポーツ大会で優勝(30mW)。
東京都多摩障害者スポーツセンター
https://tsad-portal.com/tamaspo
一般社団法人日本障害者カヌー協会
https://www.japan-paracha.org/
東京都障害者スポーツ協会
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