「馬に乗る」ことで味わえる目線と疾走感
人馬一体、リハビリにも効果的なパラ馬術
馬術は、人間と馬が一緒に行うスポーツです。馬に乗ることで体のバランスを保ち、平衡感覚が養われることから、古くよりリハビリ効果があるとされてきました。そんな馬術を経験できる障害者向け体験会が実施されています。2022年10月16日、世田谷公園にて行われた、東京障害者乗馬協会主催による乗馬の体験会を取材、そして実際に体験させてもらいました。
動物と一緒に競技する、
男女の区分がない唯一のパラリンピック種目
障害に応じた特殊な道具を使用できる
乗馬は理学療法の一環として、障害のある方のリハビリを目的として導入された歴史があります。「ホースセラピー」とも呼ばれ、馬の飼育や観察、実際の乗馬を通じて、障害のある方の精神機能、運動機能を向上させ、社会復帰を早めるリハビリテーション方法の一つでもあります。
パラ馬術がパラリンピック競技として正式に採用されたのは、1996年のアトランタ大会からで、馬場馬術のみが実施されています※。パラリンピックで唯一、男女の区分がなく、動物と一緒に行う競技であることが大きな特徴です。
※ オリンピックでは、馬場馬術、障害馬術、総合馬術を実施
パラリンピックの実施種目は規定演技、自由演技、団体があります。上下肢障害、視覚障害の選手が対象で、障害の内容や程度によりそれぞれグレードが5段階にわかれています。障害の内容によって、馬に適切な指示を送るための特殊な道具の使用が認められています。
障害により両手で手綱を扱うことができない選手が片手で扱えるようにバー状に改良してあるバー手綱や、指に欠損がある選手が片指に引っかけて使用できるループ手綱など、個人にカスタマイズして使用します。他にも麻痺などであぶみ※2をはくことが難しい選手は、ゴムを使用して足を固定。また、視覚に障害のある選手は最大13人までのガイドを配置できます。
※2 鞍の両脇に垂れて、乗る時に足を踏みかけ、また、乗馬中に乗り手の足を支えるもの
大会では3~5名の審判による採点で、各運動種目を10点満点で評価し、その合計を得点率で算出して順位を決定します。「人馬一体」という言葉がある通り、馬とのコミュニケーションが何より大事な競技なので、馬との信頼関係を磨くことが成績にもつながってきます。
体験会には乗馬経験を問わず参加が可能
経験豊富なスタッフが安心・安全にサポート
障害者乗馬の体験会は、定期的に開催されています。東京障害者乗馬協会の主催で、毎年4月~12月までの期間(8月は開催なし)、東京都の世田谷公園(世田谷乗馬会)と山梨県の紅葉台木曾馬牧場(木曾馬乗馬会)にて、月2回ペースで行われています。
東京障害者乗馬協会のスタッフや、多くのボランティアの方の協力のもと、体に不自由があっても安心して馬術を体験できるということから、乗馬経験の有無にかかわらず、多くの方が体験会に参加しています。東京2020パラリンピック競技大会に出場した吉越泰詞選手も、この体験会で乗馬を経験されたそうです。
約5年前から定期的に体験会に参加しているという伊藤美保さんは、「体に不自由がある人をサポートするにはたくさんの人の協力が必要です。乗馬協会が素晴らしいので安心して楽しめています。6年前に脳卒中を発症してからはひたすらリハビリの日々ですが、その中で唯一の趣味として乗馬を楽しんでいます」と笑顔でコメント。新型コロナウイルスの影響でここ数年中止となっていた全国障がい者馬術大会(11月12~13日)にも参加され、スペシャル競技A(身体/リーダー無し)とジムカーナ競技(常歩)の2種目で優勝されました。
2021年夏に緑内障を発症し、大好きだったロードバイクに乗れなくなってしまったという山本祐介さんは「視覚に障害があっても馬に乗れると知り、疾走感を味わいたくて参加しました」と体験会に初参加。「障害者向けのノウハウがあるので、ガイドの方の声が的確で安心して乗ることができました。もっと上手になって馬といろいろなことができるようになりたいです」と満足気な様子でした。
サポートを受けて馬術を体験
想像以上の疾走感
実際に東京障害者乗馬協会の遠藤啓二会長に引き手(リード)を持ってもらって乗馬を体験してみました。「馬は人の気持ちがわかるので、まずは馬を好きになってもらうことが大事です。怖がっていると、それが馬に伝わってしまいます」と遠藤会長から事前にアドバイスを受けました。
実際に馬に乗ってみるとかなり目線が高い位置になります。「視線は前を見てお腹に力を入れて」「もう少し進んだら右を引いてください」と遠藤会長が、要所でアドバイスしてくれるので、参加者の方々が口にしていたように、乗馬初体験でも安心して乗ることができます。
乗馬にはゆっくりとした歩き方である常歩(なみあし)、常歩の倍のスピードとなる速歩(はやあし)、さらに速くなる駈歩(かけあし)と3種類の歩法があります。そのなかで、常歩だけではなく、速歩も体験させてもらいました。外から見ているのと、実際に馬の上では体感がまったく違います。上下に激しく揺れて風も感じるので、疾走感を味わうことができました。乗っているうちに少し慣れてきて自分がリラックスすると、同時に馬もリラックスしている感じが伝わってきました。人馬一体とまではいかないものの、この感覚は実際に馬に乗ってみないとわからない感覚でした。
例えば、車椅子を使用している人は、馬の上では日常よりずっと高い目線が経験できたり、歩行に困難がある人は馬の速さに感激したり、乗馬には障害のない人以上に、非日常感を楽しむことができる魅力があるのではないかと感じました。
「どんな障害の人でも何とかして馬に乗ってもらえるよう、できる限り準備し、我々スタッフがサポートしますので、ぜひ体験会に来てもらいたいです。まずはとにかく馬を好きになってもらうことが一番です。そして慣れてきたらリーダー(馬を引いて誘導する人)やサイドヘルパー(騎乗者の横で体を支える人)に頼らず、自分一人で馬を動かせるようになってほしい。毎回楽しく乗馬ができて、向上心も育んでいけば、どんどん乗馬が楽しくなっていくと思います」(遠藤会長)
体験会は事前の聞き取りインタビューをおこなって、乗馬可能と確認できれば障害の種類、年齢(幼児は不可)、性別を問わず、誰でも参加できます。
詳しい情報は東京障害者乗馬協会のホームページ(https://tader.jp/)をチェックしてみてください。
木曽馬乗馬会 | 4/9(日)、4/23(日) |
5/13(土)、6/11(日) | |
7/9(日)、9/3(日) | |
9/9(土)、10/1(日) | |
11/12(日)、12/10(日) | |
世田谷乗馬会 | 5/28(日)、6/25(日) |
10/15(日)、12/10(日) |