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川北 美雪さん(デフバレーボール女子日本代表監督)川北 美雪さん(デフバレーボール女子日本代表監督)

デフバレーボールも選手たちも、
特別視したことは一度もありません。
純粋にバレーを仲間と楽しむ。
その積み重ねが
チームの金メダル獲得に
つながったと思っています

デフバレーボール(以下、デフバレー)女子の日本代表監督を、長年にわたり務めてきた川北(旧姓、狩野)美雪さん。昨秋行われた東京2025デフリンピック(以下、東京大会)では、前回ブラジル大会の悔しさをバネに、見事、チームは金メダルを獲得。これまでの取り組みも含め振り返っていただくと共に、今後の展望なども伺いました。

2026年3月31日公開

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多くの人の応援に後押しされ、チームは金メダルを獲得

これまでの大会は海外ということもあり、バレーボールコートなどの練習設備はもちろん、ホテルなどの宿泊環境も充実しているとは言えない状況でした。一方、日本ではこのあたりの環境は充実していますし、今回の東京大会では練習でナショナルトレーニングセンターを利用することもでき、これまでとの違いを感じました。

※ナショナルトレーニングセンター
オリンピック・パラリンピック競技の強化指定選手など、トップアスリートのみが利用できる施設。一般の利用は不可。正式名称は「味の素ナショナルトレーニングセンター」。

観客もこれまでの大会では日本人も含めちらほらといった状況でしたが、今回は家族や知人、仕事仲間など近しい存在の人たちを中心に、多くの方々が足を運んでくださり、応援してくれました。選手たちへの取材回数や頻度もこれまでの大会とは比べ物にならないほど多く、注目度の高さを感じていました。

中でも印象に残っているのは、試合会場に向かう途中、バスを降りてから駒沢オリンピック公園総合運動場の体育館に向かうまでの公園内を歩いているときの出来事です。身内ではない、たまたま散歩している方やランニングをされている方などから、手話も含めて「がんばって!」と応援されたんです。私も選手たちも、とても嬉しかったです。

選手たちは応援してくれる人たちが会場にいるだけで嬉しいし、力になっていると思います。そのため「がんばれ!」といった声の応援でも、十分伝わると私は思っています。もちろん手話による拍手や、今回の大会から新しく加わった「サインエール」など、耳の聞こえない選手のためにと工夫して応援してくださることは、とても嬉しいです。

※サインエール
両手を前に突き出すような、音に頼らない2025デフリンピックからはじまった新しい応援スタイル。

参考:https://www.tokyoforward2025.metro.tokyo.lg.jp/news241217/

そのような応援の結果、金メダルを獲得できました。応援してくださった方々が自分のことのように、笑顔でとても喜んでくれたことも嬉しかったですね。喜びは地元の自治体や職場までに広がり、チームや選手個人が特別表彰や講演、バレーボール教室などの依頼がこれまでと格段に増えたことも、嬉しく思っています。

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こちらから積極的にコミュニケーションを取っていくことが大事

私がデフバレーボールの日本代表監督に就任した当初、健聴の日本代表レベルの選手では当たり前の基礎的な動きや技術が、不足していることに気づきました。理由を探っていくと、デフスポーツならでは、音の情報を得ることが難しいことが原因だと思うようになりました。

具体的には、健聴の選手は他の選手が指導を受けている音声情報もキャッチし、成長の糧としていくのですが、デフの選手の場合は1対1の対面指導が基本となるからです。これは、私自身の現役時代の歩みを振り返って気づいたことでもありました。そこで以降は、「これぐらいは知っているだろう」「分かるだろう」という考えはやめて、細かく丁寧に、専属の手話通訳も介して説明、指導するようにしました。

一人ひとりの個性や置かれた環境を把握することも、密にコミュニケーションするには、重要です。家庭や仕事場で手話を使っているのか。そもそもコミュニケーションは得意なのか、好きなのか、など。当初は聞くことを躊躇していましたが、デフバレーボール協会の方から「こうした問いかけは、選手はこれまで何度も向き合い、すでに乗り越えてきたものであり、失礼に感じることは少ない」と。このようなお言葉を伺ってからは、私の方から積極的に聞くようにしました。実際、このような質問に嫌な顔をする選手はいませんでした。

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デフバレーのおかけで指導の幅や工夫が広がった

このように私は、デフバレーの指導を続けていくうちに多くのことを学びました。そしてそれらの多くは、一般のバレーの指導においても、特に子どもたちの育成において大いに役立つと思っていますし、実践もしています。

たとえば、デフバレーの選手は競技中に手話でコミュニケーションするのは難しいというか現実的に無理なため、事前に攻撃パターンなどを決めています。音が聞こえないため、ボールや他の選手の動きは顔や目を懸命に動かして把握するしかありません。でもこれらのことって、一般のバレーボールでも重要なんですよね。

また練習内容やフォーメーションを言葉だけで伝えるのではなく、ホワイトボードにイラストや図として描いておく、あるいはパネルなどを作成し、皆が見えるところに置いておく。難しい言葉は使わず、誰もが知っている平易な言葉で話す。これらの取り組み、配慮も同様です。

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大会の成果をデフリンピックのレガシーに

「金メダルを取って、社会を変えてやろう」。私も選手たちも、毎回このような意気込みで大会に臨んでいます。実現に向けては「勝つ」ことが大前提であり、結果として冒頭でお話した環境や応援の充実につながるとも考えています。

ただ勝つためには、選手層、練習場所、資金など、東京都などの各自治体、所属企業、関連協会、さらには多くの皆さまの応援やサポートが必要不可欠です。

加えて、本人がデフバレーを通してどのような人生のキャリアを描きたいのか。トップ選手としての期間はそれほど長くはありませんから、覚悟も含め、どのようなビジョンを描いているのかも大事だと、私は考えています。

私としてはサポートされるのが当たり前という、受け身であったこれまでの状態や意識から脱し、他のスポーツのチームやアスリートの多くが取り組んでいるように、社会貢献をしていく側になることも重要だと思っています。たとえば、地域でバレーボール教室を開催する活動などです。

このような思いの裏には、日本代表との肩書きを持つ選手たちは、スポーツ選手の前にデフの代表として、社会的な規範、モデルになることが求められています。その責任もあるとも思うからです。そういった観点でも、今回のメンバーは素晴らしい人格を備えた選手ばかりでした。そしてこのような人間性は、バレーボールから離れたときでも活きると思っています。

そもそも私は、2011年に就任したときから、デフバレーの選手を特別視していません。子ども、学生、ママさんのチームたちのように、バレーボール好きなメンバーが集まる、ひとつのカテゴリーとの認識だからです。そのため根本にあるのは、バレーを通じた仲間とのコミュニケーションを楽しむということ。そして、その楽しみや喜びの先に、選手はもちろん人として、社会的規範モデルへの成長や、代表での勝利などに繋がっていくのだと思っています。

東京大会は結果を出したこともあり、盛り上がりました。デフリンピックの認知度も、特に東京では高まったと聞いています。ただこれからどうするのかを、先に挙げたような関係者全員が、改めて考える必要があるのではないでしょうか。

私としては、先ほど話したようにデフの日本代表の選手が、地域で子どもたちにバレーボールを教える。そのようなデフの人たちの活動が社会の中で当たり前となり、継続していく。それこそが、勝ち負けを越えたデフリンピックのレガシーだと思いますし、目指すべき道だと思います。

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撮影日:2026年2月2日(月)
撮影地:東京都港区 FLEX本社
撮影者:仙波 理

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