パラスポーツスタートガイド

太尾霞 選手(デフテニス)太尾霞 選手(デフテニス)

自分がやりたいと思えば、
どんなものでも続けられる
障害があってもなくても、
人と人の繋がりは持てる

先天的に右耳の聴力がなく、わずかに聞こえていた左耳には、小学校低学年までに数度の手術を経て補聴器を装着したという太尾さん。小学1年生で出会ったテニスに魅了され、現在は両耳に埋込型骨導補聴器をつけて健聴のテニス大会に出場、一方、補聴器を外して臨むデフテニスでは世界大会にも出場しています。若干15歳、夢へ向かって邁進する姿は輝くばかりの期待の星、太尾 霞さんに想いを語っていただきました。

2025年1月23日公開

テニスとの出会い、深まる楽しさと情熱

私は現在健聴者の出場する一般のテニスと聴覚障害者が出場するデフテニスの両方の試合に出ています。テニスとの出会いは小学1年生の頃。習い事として家の近くのテニスクラブに行ってみないと母に言われ、健聴者と共に一般のテニスクラブに通ったのがきっかけです。初めての体験クラスが楽しかったので、週1で通うようになり、だんだんテニスをすること自体が楽しくなると「もっと練習したい」と思うようになりました。小学校入学前に別のスポーツも習っていましたが、テニスでは特にコーチが面白く、小さい頃はあまり細かく言われなかったのも楽しい理由だったかもしれません。

小学3年生の時、一般の選手クラスに入りたいとコーチに伝えると、「これから始めるのは遅い方だ」と言われたのですが、自分はとてもテニスが好きだし、もっとやりたいと思うようになっていたので、それでも入りたいと言いました。

選手クラスに入り試合に出るようになると、勝ち負けがつくので「もっともっと」という気持ちになっていきました。勝敗だけではなく、練習したことを試合で出せたら勝っても負けても自分の満足感がある、練習の通りにできてよかったなと思えます。
そうして出場した初めての大会は、初心者クラスでしたが準優勝することができて、それが補聴器をつけて出た最初の試合でもありました。

ゲーム中、小雨だったり、汗で補聴器がハウリングを起こしてしまう可能性が出たときは、補聴器を外さなければならなくて、その時には相手に、「補聴器を外したいのでちょっと待っててください」と了解を得なければなりませんでした。そんなハンデもありましたが、試合で勝つ喜びや負ける悔しさも経験し、テニスへの思いはどんどん強くなっていきました。

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デフテニスのユース選手権大会、初出場で優勝!

小学6年生になり、お父さんにデフテニスの体験会に行ってみないかと誘われたのがデフテニスとの出会いです。その体験会場が今私の通っている中学校だったのですが、中学の部活生とデフテニスの人たちが一緒に練習をしていて、そこで中学の部活の顧問の先生に声を掛けていただいたのが、その学校に進学を決めたきっかけです。後にそのテニス部に入部することになるのですが、一方デフテニスでは体験会の後に2021年のJDTA(日本ろう者テニス協会)選手権ユース大会に個人で出場し、初めての大会で優勝できました。それまでの一般の試合では補聴器をしていたので、試合で補聴器を外した瞬間に頭の中が真っ白になり、最初の3ゲームぐらいは何も考えられませんでしたが、試合が進むにつれてだんだん勝てるようになりました。慣れるとデフテニスは逆にやりやすいなとも感じます。補聴器を外したぶん周りの音が聞こえないので、隣の人が大声を出していても気にならず、結構集中できるんです。

デフテニスの面白さ、パラスポーツのすすめ

デフテニスは相手の表情や手話やジェスチャーなどを見て、向き合いながら進めていくので、一般の試合より見応えがあるかもしれません。ラリーの駆け引きなどは一般のテニスと変わらず楽しめると思います。プレイヤーとしては、目の情報だけが頼りで、特にサーブのときなど離れた位置にいる場合はボールを打つ音も聞こえないし、ダブルスでは自分が前衛のときには後衛がどう打っているかも分からないので、そこが難しいところです。逆に一般の試合では、審判の声がインなのかアウトなのかが聞き取れず、アウトになっていることに気が付かなくてリターンし続けてしまったこともありました。その点デフテニスでは手話や指文字でカウントやジャッジを伝えるので、プレイヤーにはもちろんのこと、見ている人にも分かりやすいと感じています。

私は、自分がやりたいと思えばどんなことでも続けられると思っています。その出会いが来るために、いろんな場所でいろんなスポーツを経験してみてほしいです。障害があってもなくても、人と人の繋がりは持てる、今はいろんなコミュニケーションが取れる時代なので、皆さんも気兼ねなく邁進していってほしいと思います。

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ずっと続けたいと思える、自分を成長させてくれたもの

中学の部活の試合では、全国大会にも行くことができました。全国選抜中学校テニス大会ベスト8になった時には、プレッシャーがかかった大事な団体戦を経験することができ、テニスをやっていて良かった、成長できたと思えました。勝負のスポーツは嬉しいときも悔しいときもありますが、ずっと続けたいと思えるスポーツに出会えたのが何より良かったです。また、それを応援してくれる家族がいて、ときには衝突もしてしまいましたが、私が勝てたときに一緒に喜んでくれて、負けたときには一緒に悔しいと言ってくれるという支えを嬉しく感じています。

また、自立という面でも、テニスの遠征などで新幹線や飛行機を使うことが多いので、ひとりで東京駅から大阪方面に行ったり、羽田空港にひとりで行ってチェックインできたりするのは、「この歳ではちょっと自分だけかな」とか、「テニスのおかげで成長できているのかな」と思うところです。

プロテニスプレイヤーを目指して

一般のテニスで目標としているのは、高校生でプロテニスプレイヤーになった伊藤あおい選手です。あおいさんは自分のラリーにはめていく、相手を動かすプレイスタイルが特徴で、(相手が打ち返した頃には)気がつくともうあおいさんがネット前に立っているという感じなんです。デフテニスでの憧れの選手は韓国のイ・ダクヒ選手です。彼は一般とデフの両方で活躍しているのですが、それは私の目標とも重なります。以前デフテニス専門のコーチから、日本のデフテニスは一般の試合に比べて世界でのレベルが低いと聞いたので、自分ももっともっと強くなって、デフテニスが一般の試合に負けていないと言われるようにしたいです。

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デフリンピックの代表選考では大学生・高校生と競合しているのですが、まだ諦めていなくて、選考会は終わっていますが、デフリンピックの最終エントリーまでは諦めず、自分ができることを最後まで挑戦したいと思っています。その後も国際大会にとらわれず、ジュニアの大会にも出場しながら自分のできる精一杯のレベルアップを目指したい、自信を持って選んでもらえる選手になりたいです。私の最高到達点の目標は、全豪オープンのデフ部門に出場して優勝すること。夢は一般・デフ問わずプロテニスプレイヤーになることです。

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