

気持ちよく動けて、いい結果に繋がる
そこから生活自体も変わるような
人に変化を与えられるトレーナーを
目指しています
スポーツトレーナーとして、トレーニングとケアの両面から車いすラグビー連盟の日本代表選手や強化指定選手を10年来サポートしてきた新田さんは、個人トレーナーとしても多くのパラアスリートへの指導を行う、いわば「勝利への伴走者」。健康運動指導士、鍼灸・あん摩マッサージ指圧師の資格を持ち、勤務する医療施設併設のジムでは高齢者やリハビリ期間を終えた方への運動指導も行っています。普段の生活からメンタル面まで、私たちがスポーツやトレーニングによって得られるものは計り知れません。パリ2024パラリンピック競技大会(以下、パリ大会)での車いすラグビー金メダルの記憶も新しい今、パラスポーツを支えるトレーナーとして、スポーツのもたらす輝きについて、溢れる思いを語っていただきました。
2025年1月17日公開
悲願の金メダル、日本代表チームのトレーナーとして
2018年の車いすラグビー世界選手権で初優勝したものの、これまでのパラリンピックではなかなか決勝進出できずにいたので、パリ大会のオーストラリアとの準決勝で、池(透暢)選手が延長戦でボールを取りトライを決めたシーンは、非常に印象深いものがありました。最後の最後で逆転し、点差を広げて勝つことができた場面は、今大会で最も感動したワンシーンです。今まで池選手が悩んでいたことも知っていたので尚更でした。普段から多くの選手たちと関わり、直近の遠征や合宿でのケア、大会直前までのトレーニングもみていましたので、今回の結果を残せたのは嬉しくありがたいことです。
車いすラグビー日本代表に関わるようになったきっかけ
通っていた専門学校の恩師からお声掛けいただき、2013年から日本車いすラグビー連盟のトレーナーとして関わっています。新卒2年目の頃で、それまで車いすラグビーには専門学校時代に大会ボランティアスタッフとして少し関わったことがある程度だったので、「いきなり日本代表のトレーナーに?」と驚きましたが、トレーナーとしての僕のゴールに「日の丸を背負って戦うチームと関わりたい」という思いがあったので、こんなチャンスはなかなかないだろうと、その1ヶ月後には大会合宿に参加させていただきました。
激しい競技、選手たちのケアで特に気をつけること
車いすラグビーは高価な車いす同士でぶつかってマシンを壊し合うような激しい競技で、世間一般的には「この人たち何をやってるの」と思われますよね(笑)。でも、そこがまた面白いところでもあります。そんな激しい競技をしている選手たちは、(上肢と下肢に障害があることが条件という)重度障害がある選手たちで、パラリンピック競技の中ではボッチャの次に障害の程度が重い選手が多いです。必然的にケアの重点としては上半身、特に肩や肘の痛みのケアになるのですが、麻痺・感覚障害がある場合が多いので、体の痛いところ以外、感覚のないところに傷ができていないかなど、全身の状況を確認するよう意識しています。本人は気づきにくいため原因不明の体調不良も起こりやすくなり、過去には太ももに火傷があり、その反応で体調が悪化していたという選手もいました。また、体幹機能が弱く姿勢を保持できない選手については、移乗するベッドの高さの調整、周りに何も置かない、バランスを崩しても大丈夫なよう自分の立ち位置にも気をつけるなど、些細なところまで常に意識しています。「試合を見ているとそんなに重度の障害があるとは思えない」と言う方も多いですよね。僕も初めて見たときには「本当に大丈夫なの?」と思いました。私生活では小銭も物も持てなかったりする選手が、あの激しい競技をやっていると考えると圧倒されてそのギャップに魅力を感じています。

選手たちのメンタルの強さと、スポーツがもたらすもの
僕の関わる選手たちは、大きな事故に遭うなど、さまざまな経験をされてきていて、メンタルが強い人が多いと感じます。車いすラグビーに限らず他の競技の選手たちも、そうした経験を越え「ハンディキャップを抱えてこれから生きる」と覚悟してからの芯の強さというか、「一己の人間として生きていく」という意思が強靭で、より人間味を感じる方々ですね。入院してベッドで寝ている状態、「これから何をしていけばいいんだろう」というところから始まり、その中でスポーツに出会い、一線で活躍していく姿は本当にアスリートとしても尊敬できます。代表を目指すかどうかは別にしても、スポーツの楽しさによって、生活が豊かになりやすく、明るい未来が待っているなと感じますね。

スポーツトレーナーを目指した理由
高校のバスケットボール部で膝を怪我してしまい、それでも最後の試合に出たいと言ったとき、顧問の先生がテーピングからリハビリまで面倒を見てくれました。それまでは体育の教師を目指していたのですが、その先生と出会ったことで自分もそういう立場になりたい、スポーツトレーナーという仕事をやりたいと思うに至り、トレーナーの専門学校に進学しました。
トレーナーとして目指しているもの、選手からのリアクション
私は常日頃、選手が気持ちよくプレーができて、それがいい結果に繋がる、そこから生活自体も変わってくるような、人に変化を与えられるようなトレーナーになりたいと思っています。
選手からの主なリアクションは「今までうまくできなかったことができるようになった」というものですね。球の飛距離を伸ばす、腕の左右差を埋める、ダッシュスピードを上げるなどを目標に、極力計測して数値化したフィードバックを貰います。すると計測値向上と共に体格も変わり、筋力がついたぶん動きやすくなって、トレーニングを積んだ後には行動範囲が大きく広がってきます。スポーツで筋力を維持・向上させて、生活に困らないようにすることは、選手たちも常に意識していることと思います。
パラスポーツに関わることで人生が変わった
誰しも「もう諦めたい」とか「もう終わりだ」と思うような経験はあると思うのですが、この競技やパラスポーツに関わって、それ以上に辛い思いをしているはずの人たちが楽しそうにスポーツをし、選手として高みを目指して頑張っている姿を目のあたりにすると、自分が悩んでいたものは非常にちっぽけなものだと感じるようになりました。すると自分自身もメンタルが強くなるというか、辛い思いをしても「どうにかなるだろう」と思うようになり、人生がとても豊かになっていきました。

鍼灸・あん摩マッサージ指圧師の資格を取れたのは、この競技に関わるようになって「やはり現場での治療ケアが必要だ、選手の痛みを取り除くためには何が有効だろう」と思ったことがきっかけです。初めての遠征帯同が2014年の韓国・仁川(インチョン)でのアジアパラ競技大会で、その直後に鍼灸あん摩師の養成校の入試を受け、2015年から3年間は仕事が終わったら学校という生活を過ごし、2018年にやっと資格を取れました。この医療系の国家資格を取れたことが僕の中で非常に大きなターニングポイントになっています。このパラスポーツに関わっていなければ、こうした(治療の)世界にも関わっていなかったかも知れません。いろいろな要素で僕の人生が2014年を契機にガラっと変わりました。
臨機応変な対応が求められるパラスポーツの現場
健常者のスポーツの(プロやオリンピック選手などの)場合、ケアだけやトレーニングだけを専門とするトレーナー、試合中に応急処置をする「アスレチックトレーナー」など、各部門の専門家が集まっています。しかしパラスポーツの現場では(その特性と人員不足のために)横断的に色々なことをしなくてはならず、専門家としての軸を持ちながらも多様性に長けているという人が多いですね。私は「スポーツトレーナー」でトレーニングの指導や選手のケアをするのが本来の役どころですが、応急処置はもちろん、選手によっては移動・食事・入浴などの介助、場合によってはタイヤのメンテナンスまで行うことがあります。本来タイヤはメカニックの専門分野ですが、不在時にはトレーナーやマネージャーなど他の健常者スタッフが担当しています。
パラスポーツのスタッフ、トレーナーになりたい人へ
パラスポーツに関わってみたい方は気になる競技や選手、地域のクラブチームのSNSなどを見て問い合わせていただくのが良いと思います。各競技団体のホームページには日本代表スタッフの募集があったりもしますし、スタッフが不足しているところが多いので、募集がなくとも自ら一歩踏み出してみて下さい。また、今は日本パラスポーツ協会公認の「パラスポーツトレーナー」という資格もあり、徐々に広まりつつあります。ひとつの目標として、こうした資格取得を目指すのも良いですよね。
トレーナーを目指す人へのアドバイス
その競技を好きになること、そして人として自立することが重要だと思います。トレーナーは選手に対し体力面での指導を担う立場になるので、自分の態度や行動を謙虚に律して、誰に対しても平等で対等な中立的な立場で選手にもスタッフにも接することが大切ですよね。頼られたり、友人として仲良くなることもありますが、情に流されたり、あるいは強い意見や価値観に引っ張られずに、伝えるべきことは正直に丁寧に伝えるなど、相手への共感を大事にしながらも、お互いに自立した1人の人間として接することです。特に上に行くほど、日々の生活から、自分の態度を改めながら行動できるような人であるべきだと思っています。

車いすラグビーの新たな展開
今後はパラリンピックがひと段落したので、まずは2018年から所属している車いすラグビーチーム『沖縄ハリケーンズ』のプレーオフに向けてのサポートですね。そこで勝てれば、横浜での日本選手権大会への帯同でしょうか。僕にとって初の地元開催の日本選手権※ですので楽しみにしています。それから、実は今日本車いすラグビー連盟では障害者・健常者混合での車いすラグビー大会をやっています。ここ3回ぐらいは健常者も一緒にクラス分けをして、僕も試合に参加しています。車いすラグビー、すごく楽しいので、この記事を読んで興味を持った方はぜひ参加してみてください。
※取材は2024年9月に行われました。