パラスポーツスタートガイド

みんなで一緒に「場」を作る、
そこでなければ得られない達成感がある
スポーツも手話も、新しい世界への扉

デフスポーツ選手たちの活躍の側には、さまざまな交渉や手配、そして何より彼らの練習を支えるスタッフの姿があります。現在デフスポーツの手話通訳・サポートスタッフとして活動している佐藤晴香さんは、ご自身も競泳や水球の競技経験を持つという手話通訳士。ろう者・難聴者・聴者をつなぎ、コミュニケーションの架け橋となっている佐藤さんに、日本デフ水泳協会での仕事の現場、スポーツの持つ魅力、そして手話通訳者となった背景や思いについて伺いました。

2024年12月11日公開

デフ水泳の手話通訳の役割とは

私は現在、手話通訳士として日本デフ水泳協会に登録していて、強化指定選手やユース選手、育成選手を対象とする強化合宿などに関わっています。手話通訳者の役割を一言でいうと、手話がわかる人と、手話がわからない人の間に入って、通訳をすることです。
選手の中には手話を使う人もいれば、相手の口や舌の動きを読み取る「口話」中心で教育を受けてきた人もいます。ひとくちに「聞こえない人」といってもその背景は十人十色で、手話通訳者は選手やスタッフが求めていることを理解して、臨機応変に対応する必要があります。また、手話通訳者であると同時にスタッフという立場も兼ねており、合宿中のスタッフミーティングでは手話通訳を担いながら、見聞きした選手の体調管理の情報をスタッフ間で共有することもあります。
手話通訳者として心がけていることが二つあります。一つは、それぞれのコミュニケーション方法をなるべく正確に把握して、その場にいる全員が理解できるように表現を工夫することです。
例えば、他のデフスポーツの現場でも共通することだと思いますが、聴者のトレーナーや指導者が、自身で実演して見せながら、声で説明する場面が頻繁にあります。ろう者の場合、トレーナーの身体の動きを集中して見ているときに、その間の手話通訳を介した説明を見逃してしまうことも起こります。そのため、トレーナーの動きに合わせて、選手たちの視線を数秒間、手話通訳者ではなくトレーナーに誘導するなど、「手話通訳を見る選手たちが、トレーナーの実演と説明内容を紐づけられる通訳」ができるようにしています。トレーナーの方と事前に説明のタイミングを相談することもありますし、トレーニングの体勢によっては通訳者からトレーナーに「選手たちの目線が下を向いていたので、説明を伝達できていない可能性が高いです。もう一度説明をお願いできますか?」と声をかけるなど、いわゆる「場の調整」を図ることもよくあります。そこに関わる方々と共に工夫を重ねながら、どの場面でも視覚的に理解しやすい手話表現を常に目指しています。また、手話通訳というのは「手話を日本語に通訳すること」も当然含まれます。そのため、聞こえない選手やスタッフの手話での発言を、聴者のトレーナーや大会関係者に向けて水泳用語で正確に通訳できるように、水泳に関わる情報には日頃からアンテナを張るようにしています。

もう一つ心掛けていることは、手話通訳者でありスタッフでもあることのバランスを保つことです。スポーツ施設の職員や大会役員の大半は聴者で、私を含めてデフ水泳の手話通訳者も聴者です。そのため職員や大会役員から、選手やスタッフへの質問を直接受けてしまうこともよく起こりますが、選手に向けた質問には選手が自分で答えるべきですし、スタッフに向けた質問の中には渉外業務担当のスタッフが答えるべきものも多いです。手話通訳者が、選手の自律性や、他のスタッフの仕事を奪うことにならないように、たとえ自分が相手の質問の答えを知っている場合でもそれは伝えず、手話通訳に徹します。それが「通訳」の仕事だからです。一方で、私もサポートスタッフという立場なので、自分で判断して動かなければならないこともよくあります。ここのバランスは、毎回試行錯誤の連続です。これもきっと、他のスポーツの通訳現場でも共通の課題なのではないかと思います。

私は、日本デフ水泳協会が実施している強化合宿に帯同していますが、合宿の通訳は体力勝負の仕事です。プールサイドは温度や湿度がかなり高い上に、そもそも手話通訳は視覚と音声という全く異なる言語の通訳なので、脳疲労が激しいことが知られています。ですが、みんなで一緒に「場」を作れること、良い関係性を築き、高め合う意思を持って集えることは本当に楽しく、チームで協力するからこそ味わえるものだと感じます。そこでなければ得られない達成感というのが確実にあると思います。

デフスポーツの魅力、デフ水泳のススメ

スポーツの大きな魅力の一つといえば、やはり「生」で見る迫力でしょうか。選手が大会や試合などで力を発揮する「場」と、練習などでその力を磨こうとする「場」と、それぞれ性質は違いますが、どちらもすごく美しいです。そしてスポーツに限らず何かを極める人たちは、どこか同じものを意識しているのかもしれないと感じます。

デフ水泳に関していうと、泳いでいるときには他人とのコミュニケーションの必要がなく、体の動きも見ればおおまかには理解できる競技なので、ろう者が気軽にはじめられるスポーツだと思います。とはいえ練習の合間にコーチから指導が入ることが多いですし、スイミングクラブとの事務的なやりとり、同じクラブに通う仲間たちとの会話など、多くのコミュニケーションが発生します。また、聴覚障害があると、三半規管の機能に障害があることもあり、平衡バランスを取りにくい人もいます。その場合、水泳においてはうまくターンができなかったり、まっすぐに泳げないことがあります。ろう者と聴者が一緒に水泳を楽しむためには、聴覚障害の特性を理解し、視覚的にわかりやすい指導を心掛けたり、手話通訳や筆談を大いに活用することがとても大切です。

日本代表選手でデフ水泳協会の理事でもある金持義和(かなじよしかず)さんは、コミュニケーション手段として「口話」を使って水泳をしてきたそうですが、デフ水泳をきっかけに手話を知り、コミュニケーションがとても楽しくなったそうです。デフ水泳の大会を通して、全国や世界に仲間ができるのは、素晴らしいものだと思います。手話は国ごとに違うので、通じ合うまでに少し時間はかかりますが、同じ身体性を持ち、同じ感覚を使って生きている人たち同士ですから、すぐに仲良くなれるということをよく聞きます。

新しい感覚が開く、手話との出会い

私自身も大学時代に手話と出会って新しい世界(場)がひらけたと感じています。小学校時代は競泳に打ち込み、中高では部活で水球に熱中しました。大学では「これは全く知らない世界だ」と感じた手話サークルに1年ほど通いました。そこで出会ったろう者の友人から、本当に多くのことを教えていただきました。ろう者として、あるいは障害当事者として感じる違和感や本音を打ち明けてくれて、それからずっと彼女は私の心の友「心友」です。その後もろう学生が主催するイベントなどに参加して、ろう者や難聴者をはじめ、いろいろな方々と出会うことができました。大学4年間はまるで国内で留学しているような気持ちでした。「手話」というより「手話を使う人たち」に興味があったのでしょうね。皆さん話題豊富な、面白い方たちばかりでした。

そうした経験を通して、手話、とくに「日本手話」は日本のろう者の中で自然と生まれ、文化を伴って発展してきた独自の言語であるということを、身をもって学びました。手話を生み出すその身体感覚は、聴者の私にとってとても興味深いものです。ひとことで言えば「世界の捉え方が違う」ということなのですが、まず聴者とろう者だと空間の感覚が大きく違うし、体の中に蓄積されている時間の流れ方が違っていることもあったりします。私自身も手話を使うことで、新しい世界に気づくことができたと思っています。

手話に興味がある、学びたいと考える方へ

私の手話習得までの道のりですが、大学に手話の講座があったので2年間受講したのと(卒業論文に追われて試験は欠席してしまいましたが)、民間の手話講座、ろう者が手話で講演するイベントや手話で話せるコミュニティをとにかく探しまわって、参加していました。大学4年生の時には、手話が公用語の放課後等デイサービスでアルバイトをさせていただき、大切な経験になりました。手話を学ぶことに近道はありません(笑)。ろう者や聞こえない人に会うこと、彼らから手話を学ぶこと、それらを止めないこと、トライアンドエラーの積み重ねが大切だと思います

デフリンピックに期待すること

スポーツの手話通訳者は担い手が不足していますので、ぜひ興味を持ってくれたらと期待しています。そして何より、スポーツ現場に限らず、手話通訳を「仕事」として認識してくださる方が増えてほしいです。私としては、この東京2025デフリンピックに向けての盛り上がりが、大会の後も続くといいなと常に思っています。ろう文化や、聞こえない・聞こえにくい人たちの生活や慣習に対する理解と認知度が広がり、その勢いのまま、手話・文字通訳など「情報保障」のあるイベントが増えていってほしいと思います。

※金持義和(かなじよしかず)選手
小学校1年時に感音性難聴と診断される。生後8か月から水泳一筋で、2013年のデフリンピックブルガリア大会で50m背泳ぎ世界新記録で金メダルを獲得、2017年のデフリンピックトルコ大会で7つのメダルを獲得し、日本選手団過去最大の記録となる27個のメダル獲得した日本を代表するデフスイマー。現在はアスリート委員長として日本デフ水泳協会の理事を務めており、選手の立場から意見をまとめるなどの役割も担っている。なお、参照記事記載の所属は取材当時(2022年)。
(参照:https://www.ktv.jp/news/feature/221203-1/

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